会社理念

 

その本人の存在感が 最期まで そこにある暮らしを支援する

「その本人」とは、利用者、一人一人の「人」である。弊社の事業所において、主役は常にどのようなことがあっても、利用者本人です。一人一人のその人です。「利用者」という十羽一絡げに括られたものではなく、一個人、1つの異なる名前を持つ、異なる個性を持つまさに「その人」。そして、「存在感」とはまず、「ここに居てもいいと本人が思える」「わたしがあの人の為に、ここの為に居なければと本人が思える」ことが大切で、次に他者(たから・たからスタッフ・家族・地域・自宅・友人・仲間)にとって、「この人がいなければできない、困る、寂しい、悲しい」「この人がいるからこそ安心だ、教えて貰える、楽しくなる、癒される、元気がでる、勇気付けられる、自分を振り返れる」というようにお互いがお互いを感じられる、必要と思える関係から生まれるものである。人はたった一人で自分自身を感じたり、認識したりすることはできない。他者がいてこそ、他者の存在があってこそ自分いうものが認識され、自分自身の存在感が感じられる。この世の中に、全く自分ひとりしかいなかったとしたら、名前も必要ない。人を思いやったり、恋をするということもありえない。人が何か思ったり、感じたり、行動するには常に相手があるからだと思う。つまり、人が「生きる」為には、その人にとっての相手が必要なのであり、更に「生きる」ということは心が動くということ、心が動くには、うれしい・悲しい・楽しい・寂しいなど共感しあえる、共感してくれようとする人が必要だと思う。人は、自分を大切に思ってくれる人、自分をひとりの人と認めてくれる人の存在感を知り、感じ、自分自身の存在感を知り、感じる。そして存在感を感じて初めて、生きている実感や、色々なことへのやりがいが感じられるのではないだろうか。そして「最期まで」とは「生あるその瞬間まで」であり、「そこ」とは、弊社の事業所の中で、家族の中で、地域の中で、その瞬間的場面の中でという意味である。

つまり、その人、一人一人の存在感、やりがい、生きがいが最期の最期まで、途切れることなく、軽視されることなくたからの中に、その人の家族の中に、地域の中に、その仲間たちの中に、在り続ける暮らしを支援するということである。

その人らしく 最期まで 生ききる暮らしを支援する 

「その人らしく」とはつい私達は簡単に使ってしまう言葉であるが、なかなか難しい言葉である。その人が思う自分らしさと他者が思うその人らしさにはズレがある。また、その人の思う自分らしさが絶対的にそうかと言うと一概に言えず、他者の捉えるその人らしさが意外にも本来のその人らしさということもある。いずれにしろ、両者にズレがあることは否めない。しかし、私達は認知症ケアの専門家として、プロとしてその人のこれまでの生活歴、家族、仕事感、地域の人々からの話、その人の持つエピソードからより近いその人らしさを発見することが求められる。当然、それは決めつけや、押しつけや、ましてや「勘」であってはならない。認知症が重度化し、中核症状である記憶障害や認知機能障害が進行しても人としての感情は最後まで残ると言われている。楽しい・苦しい・嬉しい・悲しいなど、素直に自然に表出できる環境こそが少なくともその人らしさが保たれる環境であると思う。では、人間としての素直な感情を自然に表出できる環境とは、やはり「安心できる環境」でなければ、自分らしさの表出、表現は難しい。更に『安心』とは?これも人それぞれ『安心』の捉え方、感じ方は異なると思う。しかし、少なくとも孤独では安心感は決して得られない。生活環境が変化し、生活習慣、生活スタイル等色々な事を原因として、隣近所の関係、ともすれば家族関係まで希薄になり、もっと言えば人と人との関係がうっとおしく感じている人々が増えてきているという状況が現実的にある。そして、その結果として孤独を感じているお年寄りは決して少なくない。寄り添ってくれる人がいる、それは家族であったり、昔からの友人であったり、居心地のいい場所がある、それは昔から住んでいる自宅であったり、これまで暮らしてきた地域であったり、そのようなものに囲まれてこそ『安心』というものは感じられるのではないだろうか? その人がここにいつまでも居てもいいと実感できる、居たい、暮らし続けたいと思える地域でこそ、自分らしさ、自分の自然に湧き出る感情の表出が可能になるのだと思う。そして最後まで、『生ききる』。加齢と共に身体機能は当然衰えてくる。記憶障害、認知機能障害も増えてくるのかもしれない。しかし、嬉しいとか、悲しいとか、楽しいとか、寂しいとか多くの人間として持ちうる感情を最後まで表出し、自分という『一人の人間』を最後まで自ら表現していただきたい。つまり、『その人らしく最後まで生ききる暮らしを支援する』とは、一人一人が最後の最後まで「私は『私』です」と自分の言葉で言える、感情で伝えられる環境を作る又はその生き様に寄り添うことである。

楽しく明るく 地域の方と 地域の中に在り続ける 

その人に障害があるから、または認知症だからといって介護保険という制度の中にどっぷり引き込み、介護という枠組みの中だけでその人の生命だけをその尊さも考えずただ見守るだけのことはもう終わりにしたい。また終わりにすべきだと思う。制度が作られれば作られるほど、新しくなればなるほど、事業者である私達は麻痺してしまう傾向にある。極端な言い方をすれば、介護保険が介護事業者が無くなることがその人がその人らしく生きている実感を味わいつつ、また本当の隣人愛を感じつつ『暮らす』ことができるのかもしれない。介護保険が導入され10数年が経過した。そして介護という言葉もない時代はそれなりに生きる術を皆が備え持ち、踏ん張るべきところは踏ん張り、甘えるべきところは甘え生きていたのだと思う。私達が常に認識しておかなければならないことは介護という仕事はある意味とても危険な仕事であるということである。相手を怪我させてしまう、相手を死に至らしめてしまうという可能性が常にあるということと、その人のこれまでの長い大切な人生そのものを断ち切ってしまうという危険性を持っているということである。認知症介護に必要な知識、視点、理念を軽んじると必ず無意識のうちに介護者はそのような状態に陥り、その陥っている状態の危険性にすら気づかない状態になってしまうことがある。介護者の自己満足的な、マスターベーション的な優しさ、思いやりでその人の想いとは全くことなることを強制されたり、できることを奪われたりすることはとても悲しい。優しさ・思いやりはその行為に対しその相手が感じるものであって、押し付けて行為を施したものが感じるものでは決してない。高齢者は加齢に伴い、少なからず喪失感を味わう。耳が遠くなる。立っているのがきつくなる。動くことが億劫になる。色々忘れる、理解できなくなるなど、明らかに状態の変化が感じられ、そのことをこれまでの自分と比較したり、周囲と比較したり、時には直接的に他者からそのことを指摘されたりして、老いてゆく自分を実感し、明らかにその様な中でも時が刻まれている事を認識していて、自分に残された時間も認識されている。だからこそ、何かしらの仕事として対価を得て、介護をさせてもらっている、側に居させて貰っている私達は、専門職としてケアの本質を常に学び、自ら考え、行動を起こすことが求められる。従って、私達がやるべきこと、考えるべきことが当然理解できる。私達の目の前にいる人は認知症という障害はあるが一人の人である。一人の生活者である。人は、その時その時の『点』で生きているのではなく、その人が常に主人公である人生という線を辿っているのであり、その線上で、色々な選択や出会い、関わりという枝が多数に広がり大きな面になる。その面も夫婦、家族、友人、職場、地域といった多数の大なり小なりの面が重なり合って自分の居場所を作っていると思う。従って、決して認知症だから、高齢者だからといって「介護される」という限られた面だけで生活を制限することは、決してその人がこれまで長い時間をかけて作ってきた自分が自分でいられる場所、暮らしとは言い難い。介護の場面がその人の主な場面ではなく、その人が今ある状態で、より心地良く、安心して暮らすためのある一部でありたい。つまらないより楽しいほうがいい、暗いより明るいほうがずっといい。そして、その人がその地域に、その地域の人の中に居続けることが、その人が創り上げた居場所、その人の人生そのものが分断されることなく継続されることだと思う。それには、私達自身も、たからも地域の中に、地域の人と同じ目線で在り続けることがとても大切だと思う。

『楽しく、明るく地域の方と地域の中で在り続ける』とは、その人が大切に辿り、創り上げてきた人生、居場所を奪わない、断ち切らないということであり、また私達も同じ目線で在り続けることで、その人と家族を、その人と地域を、その人の人生そのものをつなぎ続けるということである。